こんなに帰りたい面接はかつてなかった【1】 ー短パンの国へようこそー

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

もはや般若心経。漢字の圧が強すぎる面接会

夏の終わりを告げる断末魔のようなセミの鳴き声。
その叫びに似た声に迎えられ、おれは新狭山駅に降り立った。

本田技研工業株式会社期間従業員合同説明会兼面接会――今日がその日だった。
漢字の圧がすごい。

強烈な太陽光を浴びたおれの頭を占めていたのは「駅にもどって下りに乗れば家に帰れるんだな」という、虚無的な逃げ腰の思想だった。

とはいえこのまま帰ったら、完璧に負けだ。
まだ全然このブログで書く気分になれないほど、おれは複雑な事情を背負って期間工に応募したんだ。

複雑な事情とはいっても、それはただ説明が面倒なだけで、しても大して盛り上がらないから書く気にならないだけである。

迷いたくても迷えない

とりあえず面接地までgoogleマップはあえて使わずに行ってみよう。
それで迷ったら、諦めて帰ろう。フルーチェ食おう。

それがおれの出した、負けではない境界線ぎりぎりの逃げ方だった。
新狭山駅南口を出て右へゆく。

悲しいかな、期間従業員募集のwebページで地図を見て、大体の場所は覚えていた。忘れたくても忘れられないほど簡単だった。
2分ほどぶらぶら歩いた。
着いた。

面接所として指定されたのは、工場のすぐ近くにあるホンダのクラブハウスだった。
信じられないほどの駅との近さにおれは怒りさえ覚えた。

迷えるか。

ホンダの面接会場

重たい気分でドアを開けると、お姉さんとおばさんの境界線ぎりぎりにいるような、なんとも形容しがたい女性が受付に立っていた。

「お名前をよろしいでしょうか?」
そのドライで事務的な口調が、おれの帰りたさの背中を地味に力強く押した。

『――おや、ここは猿渡さんのお宅ではないのですか? え、違う? いや建物がそっくりだったものでね。どうりで表札がないわけだ、それでは失敬』

この流れなら紳士的にスマートに帰れるのだろうか。
そんな現実逃避をしている間に、おれの口は名前をぼそぼそと答えていた。

受付嬢が手元の用紙に書かれた名前をチェックしているのをぼんやり見つめながら、おれは考えていた。
いったい脳内のどこから出てきたんだろう、猿渡とは。
誰なんだ。

これが期間工の面接。短パンの国へようこそ

受付嬢に連れられ2階の面接会場へ。
外観もそうだったが、内部もどこか昭和を匂わせるレトロな雰囲気の建物で、クラブハウスというよりは公民館といったほうがしっくりくる。
麻雀の卓に似た薄汚れたカーペットが、おれを異世界に導いていく。

部屋にはいると、そこにはすでに10人程の男たちが座っていた。
マジか、とおれは静かに絶望した。

全員、短パンだった。
対して、おれはスーツをしっかり着こなしていた。闇のように深い黒色のスーツだ。
面接といえば、スーツで受けるものなのではないか。
こいつらは本当に働く気があるのか。労働をなめるな。

おれが正しい。間違いなくおれのほうが正しいはず、なのだが、この場所でおれがマイノリティであることも事実だ。
短パンよりスーツ姿の肩身が狭くなる面接会場なんて、日本中でここだけだろう。


しばらくすると、ガタイのいいおっさんの面接官が壇上に現れた。
まじか、とおれは静かに絶望した。

男は真っ白なツナギ姿だった。

短パン、スーツ、そしてツナギ。
カオスと化したこの部屋で、これから一体どんな面接が繰り広げられるのだろう。

写真でしか見たことがなかった本田技研の白いツナギ。
あれに袖を通したらもう戻れない。

脳内で、いまのスーツ姿のうえに白いツナギを羽織った自分を想像してみた。
絵的には、完全にプロ野球の入団会見だった。

――ぜったい入団したくねえ。

おれはPL学園時代の清原のように涙をにじませた。

ドラフト会議で涙の清原

伝説のワンシーン
ていうか、今見ると誰だよって感じだよ。