こんなに帰りたい面接はかつてなかった【3】 ーおれはゴリラー

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

ゴリラ

握力ありき。それが期間工の面接だ。

小一時間ほどで、スクリーンを使った仕事内容の説明が終わった。
記憶に残さないことが目的ではないだろうかと疑うくらい、キャッチーさもポップさも皆無の説明であった。

そして先ほど配られたプリント内の要点を全員でざざっと確認した後、必要箇所に住所や名前などの情報を書き込む時間が与えられた。これが履歴書代わりになるようだ。

全員が書き終わったのを確認すると、面接官はおもむろに声のトーンを上げた。
「それでは10分間の休憩のあと、面接を始めます」
――いよいよか。


休憩後の室内は、心なしか緊張感が高まっていた。
「はい、それでは面接を始めさせていただきます。えー、順番にお呼びしていきますので、待っている間に握力を測って用紙に書き込んでおいてください。そうですねー、えー、じゃあ握力を計った方から順番に面接をやっていきましょうか」

――握力?
一瞬、聞き間違いかと思ったが、先ほど名前などを書き込んだ用紙をよく見ると、たしかに握力の記入欄がでっかく設けられていた。

マジか。
おれの大好きな英国風パブ・HUBが面接で行うという本気の声出し。
ガイアの夜明けかなんかで見て、あれにも衝撃を受けたがそんなもんじゃない。

周囲の短パンズもこれには戸惑っているのではないかと思ったが、どの顔も現実を即座に受け入れ、きりっと臨戦態勢に入った勇ましい表情をしている。

ふと前を向くと、いつの間にか先頭の席の男の手には、しっかりと握力計が握られていた。


――ふん!
無言だが男が力をこめたのがわかった。その刹那、室内の誰もが男と同時に息を止めた。

後ろの席のおれからだと男の表情がわからないが、その背中からは握力が50いかないと地球に隕石が落下するくらいの、強い意志を感じた。

左右の握力を計り終えると、男は静かに針をなおし、後ろの男に手渡した。

「はいありがとうございます。あなたお名前は――はい坂本さんね、では坂本さんからお願いします」

面接官はそう言うと、おもむろに部屋の最前列の机の向きを後ろに変え、どっかりと座った。

「ではこちらにどうぞ」
面接官が坂本さんを手招きする。
……ここで面接するんかい。


坂本さんの面接が始まった。
だが後ろで順番を控えている男たちは、目前で行われている面接に毛ほどの関心も示そうとしない。
なぜなら彼らには最高のおもちゃ――握力計があるからだ。

男とはバカな生き物だ。握力で人間のランクが決まるわけではない、そんなことは百も承知なのに、なぜか対抗心が燃えてくる。

皆、表面上は斜に構えたクールな雰囲気を醸しだしていながら、握力計を握るその瞬間には、ふぐん!ふおん!はんっ!と力強い吐息がもれている。

私はゴリラになりたい。

そして、ようやくおれに握力計がまわってきた。

まわってくるまでの数分間の間、「おれはゴリラおれはゴリラ」とイメトレに没頭していた。そのせいか負ける気がしない。握力計を壊しそうな予感さえする。

握力計を手渡してきた目の前の男の手元をふと見ると、おれに数値を見せつけるかのように「56」という数値をでかでかと書き込んでいた。
やるな。ここはおれも男として、いやゴリラとして70近い数値は残しておきたいとこだ。
使い込まれた雰囲気の握力計は、男たちの熱と汗で心なしかべとついていた。

『――うほっ!!!』
壊れよとばかりに、右手に渾身の力をこめた。
勢いよく針が動く気配がして、おれは満足感と共に力をゆるめた。
そして流し目で数値確認。

28。

おれは一瞬で戦意を失い、左手を計ることなく隣の奴に握力計を渡した。
用紙には右39・左45と書き込んだ。
そうさ、おいらは嘘つきゴリラさ。

人間のランクが握力で測れるわけがない。
それはわかっているのに、言いようのない屈辱感がおれを襲った。
ゴリラと唱えていた自分を殴打したい。

敗北感に打ちのめされながら、おれは自分の面接の番を待った。
うっほほ。