期間工の期間の始まり【1】 ―どんなに長く勤めても、初出勤日は1回しかない―

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

ASIMO

期間工デビュー。出勤前から帰りたい。

生気のない男たちが西武新宿線の黄色い車両から吐き出されていく。
その最後尾にいる丸メガネ(度なし・PCレンズ)で猫背の男――それがおれだ。

悪夢の面接会以来の新狭山駅。
とうとうこの日がきてしまった。
期間従業員として初出社だ。

天候は快晴。
10月も半ばをすぎ、面接会に訪れたときと比べ陽射しは和らいでいて、秋風が心地よい。
帰りたい。

駅を出ると同時に、郵送とともに送られてきたメールを開く。
そこには集合日時、工場内での集合場所が書かれていた。
昨日の夜から30回は見ただろうか。
何回見なおしても、そこに書かれた日にちは今日である。
帰りたい。

時間にまだ余裕があったので、駅前のコンビニに立ち寄った。
冬の到来を待つこともなく、早くもレジ前にはおでんが並び、おいしそうな湯気をたてている。
帰りたい。

――こんな感じで、なにを見てもなにを考えていても、歌舞伎町のキャッチと同じくらいの頻度で帰宅欲求がひょっこり顔をだす。

いかん。これ以上駅前でうだうだしてると、帰宅するのは時間の問題だ。
さっさと自分を逃げ場のない場所まで追い込んだほうがいい。

そう思い、おれは工場へしぶしぶ足を向けた。

自動車工場に人生初入場

新狭山駅からホンダの工場まで徒歩5~6分といったところであろうか。
おれと似たようなネルシャツで猫背ルックな男たちが、亡者の行列のように門まで続いている。

巨大な門までくると、水野晴夫のような顔の守衛さんがこってりした笑顔で「おはようございます、おはようございます」と連呼していた。

前をいく男たちはなにやらカードのようなものを晴夫に見せて中にはいっていく。
もちろんおれはカードもやる気も持っていないので、代わりに送られてきたメールを見せるため、スマホを取り出した。

「すいません、あのー今日初めての出社でして、それでこれが証拠のメールです」
「はい今日からの期間さんですね、このまま真っすぐ道なりにいって、左手に見えてくるHONDAと書かれた建物内へとお進みください」

晴夫はスマホの画面をちらりとも見ることなく、すらすらと案内をしてくれた。
そして改めて自覚した。おれは期間さん――期間工になったんだ。

広々としたホールに入ると、机とイスがズラリとならび、すでに数十人の男たちが席についていた。
――こんな大人数が一斉に入社するのか。
予想外のスケールのでかさに、おれは驚いた。

そして、面接のときと同様で短パン率が以上に高い。
そこは予想通りだった。

ツナ女という名の避難地帯

入り口を入ったところに受付台が設けられ、あどけない顔のツナギ女子が数人、男たちへ順々に名前を聞いている。

おれが名乗ると、ツナ女のひとりが素早く名簿をチェックして、別のツナ女が後ろからごそごそとなにやら色々と書類が入ってそうな封筒を取り出して渡してくれた。

「自分のお名前が置かれた席にお座りください。五十音順となっておりますので、自分のお名前が置いてある席にお座りください」

何人もの男を案内するために、同じフレーズを一生懸命リフレインし続けるツナ女が健気でかわいかった。
ちょっとぶかぶか気味のツナギが、ツナ女たちのあどけなさを効果的に強調させていて、おれの保護者欲をブイブイ煽りたててくる。

守りたい。
守りたすぎる。助けたすぎる。
工場裏でからまれているところを助けたい。
戦いの後の流れる鼻血をいい匂いのするハンカチでぬぐってほしい。

現実逃避したい脳が、ツナ女へのマニアックな趣味へ避難場所を見つけたようだ。
ちなみにツナ女はおれがつくり出した造語だ。


コンサートや舞台での席探しの早さは、おれの数少ない特技のひとつである。
このホールでもおれは一瞬で自分の席を把握して、うろうろしている男たちを尻目にスマートに座った。

それにしても、数十人はいるものの、そもそもこのホールは数百人規模だ。まだ名前だけ置かれて人が座っていない席がいくつもある。おかしい。あと15分ほどで始まるはずなのに空席が多すぎるだろ。
これはもしかして、ひょっとして、ひょっとすると、
みんな逃げたんじゃねえか?

マジか。
自分の推理が確信的すぎて、おれは茫然とした。

のこのこと工場にやってきて、ここに座ってしまったことが、とんでもない過ちだったような気がしてきた。
いや過ちだよ絶対。

おれは動揺して思わずブラックブラックガムを飲み込んでしまい、激しくむせた。
帰りたい。