期間工の期間の始まり【3】 ―ピッチピチのツナギを着たヤンキーほど悲しい光景はこの世にない―

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

フルメタルジャケット

ピッチピチの写真撮影会

そしていよいよ場所を移動しての写真撮影だ。

ツナギや安全靴を別棟にもらいにいき、ロッカールームで着替えを済ませて集合する。

正直言って、このあたりの記憶も、カルピスウォーターに水道水をたしたかのように薄い。
おそらく、前を歩いていく男の背中だけを見ながら、流れにまかせて行動していたのだろう。

ただ、おれ専用として割りあてられたロッカー前で、支給されたばかりの真っ白いツナギを広げたときの、もう逃げ場なくなった感は強烈に覚えている。

着替えを開始する間際、映画「フル・メタル・ジャケット」の冒頭で、若者たちが頭を刈られていくシーン、彼らの沈んだ目がやけにちらついた。

フルメタルジャケット

This is 死んだ魚の目

はは、me too, me tooだぜ、ブラザー。
おれは力なく笑ってジーンズのベルトをはずした。


当たり前のように渡されたはいいが、ツナギの着方がよくわからない。
ボタンがめちゃくちゃ多いうえに、生地がダンボールのように固い。

これは本当に作業着として、機能的なのだろうか。
そんな疑問がよぎりつつも、脱皮するセミを逆回転したような動きで、なんとか肉体をツナギにねじこんだ。

汗だくになってようやく着替え終わり、おれは言葉を失った。
ピッチピチ。
びっくりするほどピッチピチ。

――おおう、なんでおれはSサイズを指定しまったんだろう。
いや違う、ツナギをもらう際に案内されたサイズ目安表が、明らかに現代のフィット感に沿っていないのだ。
言うまでもなく、このピチピチ感は”スキニー”と呼べるようなオシャレなタイトさではない。
昭和だ。昭和のピチピチだ。

これはさすがに、レディー・ガガもジャスティン・ビーバーも着こなせないだろう。
「オゥジーザス……ショウワ……」
そう嘆くだろう。
ケツのくいこみが我ながら痛ましかった。

戻ってMサイズに替えてもらおうかと一瞬思ったが、再び脱皮をすることを考えたら心が折れた。
もういいや、ここまできたら乗りかかった船だ。

恥という恥は全部かききってやれ。後は野となれ山となれだ。ギャルソンもHONDAも服は服だ。石の上にも三年、住めば都、人間万事塞翁が馬や、こんちくしょう。みたいなとこはある。
途中からことわざを言いたくなっただけ、みたいなとこもある。

ツバがまだ折れていない、HONDAと書かれたきれいなキャップをかぶり、おれは写真撮影の列に並んだ。

ホンダのツナギ作業着

ちなみにこれが作業着です。写真見てるだけでなんか胃がズーンってなる。

ツナギが破壊するヤンキーのアイデンティティ

おれも相当ひどいが、周囲の男たちも似たようなもんだった。

そもそもタイトで真っ白なツナギとツバが真っ平の緑のキャップは、どんな工夫をしても格好のつけようがないのだ。

地元じゃ負け知らずな感じの元ヤンたちが、ケツのくいこんだツナギを着てどこか哀しげな表情でたたずむ姿は、アイデンティティの喪失とヤンキーとしての尊厳剥奪を思わせる、涙を誘う光景だった。

ホンダの無情なる管理体制に、おれは静かに震えた。


写真撮影、健康診断を終えてホールに戻ったとき、皆のケツのくいこみは2割増になっていた。

そしておれは“車体組立ラインNO.2 リアドアUnit【Bチーム・ガラス締めつけ】”への配属が正式に決まった。