過酷・期間工2日目のブログ【1】―残酷なおやじのテーゼ―

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アシモ

期間工2日目の朝

薄い灰色のノイズのような夢から覚めると朝だった。
ホンダ期間従業員としての2日目が始まった。

スマホのアラームはまだ鳴っていない。時刻は7時。セットしていた時間より30分早く目が覚めたことになる。

つい先日まで、昼夜が180度逆転していたことを考えると、おれは着実に社会性を取り戻してきているようだ。
それだけで今日という日は100点だ。
世間が冷たいから、せめて自分だけは自分に甘くしてあげたい。

ちなみに余談だが、おれが使っているアラーム音はwake up hornという名のもので、天空の城ラピュタのパズーが朝に塔の上から鳴らすトランペットにすごく似ているのである。

自分でしておきながら、余談のつまらなさに驚いたのである。

埼玉の世田谷ベース

2日目は最初っからツナギに着替えての実技訓練だった。

ロッカーの前でピチピチのツナギを着て、安全靴を履き、帽子を目深にかぶり、最後に昨日もらったゴーグルをおもむろにかけた。

工場の中は、食堂やホールなど一部の場所を除き、基本的には裸眼禁止である。
トイレで鏡を見ると、「不審」という言葉を具現化したような男が無表情で立っていた。


集合場所として指定された建物に入り、おれは目を丸くした。
そこはB’zがPVで熱唱していそうな、だだっ広いガレージチックな訓練場だった。

高校の体育館ほどの広い空間内に、様々な解体中の車体をはじめ、タイヤ、ライト、ドアなどが無造作にいくつもおかれている。

ステップワゴンの陰から「♪ドリームジャンボ宝っくじ~」とか歌いながら所ジョージが現れてもおかしくない、男心をくすぐる世田谷ベース的空間である。

世田谷ベースを皮切りとして、ミニ四駆やラジコンカーに夢中になった遠い日を思いだし、ワクワクしている自分にちょっと驚いた。

周囲の男たちも、どこか少年にかえったようなキラキラした瞳で、辺りを見回している。
もちろん少年に戻ったのは瞳だけで、全体としてのスペックは相変わらずむさ苦しいアラサー、アラフォーの男たちのままである。

もちろん、おれもしかりだ。

大切な何かは、おっさんのひとこきで消失

窓からスポットライトのように差す朝の光で、ツナギの白さが一層際立ち、それが逆に男たちの顔色の悪さを浮き彫りにしている。

おれと同様に、この男たちも赤ちゃんの姿でこの世に生まれ、小学校、中学、高校とそれぞれの人生を歩んできたんだ。
大人になるって、歳を重ねるってのは、なかなか残酷だ。
残酷なおやじのテーゼだ。

みんな、将来の夢とか幸せのイメージとか色々と描いていたものを、諦めたり挫折したり忘れたりして、そして今、そうあの時の”未来”である今という瞬間に、見習い期間工として工場のに立っている。

目標として思い描いていた未来とはだいぶ違うだろう。
それでも生きていかなきゃいけない。

少なくとも今ここにいるおれたちは、期間工になることから逃げなかった仲間だ。少しぐらい苦しい思いをしても、もうちょいマシな未来を手にいれるためにもがこうと決意した仲間だ。
よし、いっちょやってやろうぜ、みんな!

そんなおれのセンチメンタルな想いは、目の前のおっさんがこいた屁によって、一瞬でかき消された。

リフレインされる”逃げるなら今だ”

しかし心なしか、昨日よりも若干人が減った気がしてならない。
ぐだぐだ中途半端にいて退社申請等が面倒になる前に、いっそ今のうちに辞退しておこうということか。

たしかにその気持ちがわかるくらい昨日は疲れた。
ラインには一度も立っていないのだが、写真撮影などの慣れない作業、そしてなにより大工場独特のどこか高圧的でどこか人間味のないシステマティックなムードにやられるのだ。

根無し草のごとく自由に風に吹かれてきたおれが、超管理体制に組み込まれていくことへの恐怖感。ツナギを着たときに感じた、あの精神的な圧迫感。

――やはりおれも消えるか。

数行前によし、いっちょやってやろうぜ、みんな! と心の声をあげたおれは、おっさんの朝の屁とともに葬り去られたようだ。

そんな不安定なメンタルに侵されているおれに、どこからともなく野太い声が飛んできた。