はじめての期間工【1】―想像以上の作業の難易度。楽器が弾けないのにフジロックに近い―

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

楽器が弾けないのにフジロックのステージにあがるんだぜ?――絶望だろ。

前にも書いたが、最初の1ヶ月は本当に本当にきつい。

なにがきついって、一人じゃなにもできないことがきつい。
作業はもちろん、通路の歩き方、ボルトの補充方法から果てはトイレ、喫煙所の場所まで、なにもかも誰かに聞かないとわからない。

工場の中は、外と国が違うんじゃないかというくらいホンダルールがある。
ありすぎて覚えられる気がしないから、ひとつも覚えない。
結果、困る。

一事が万事その調子だし、ボルト締めさえできないから労働力としての貢献度もカスだしで、なんかメンタルが落ちるんすよ。

ちなみに自動車工場でボルト締めができない無力さをわかりやすく言うと、楽器が弾けないのにフジロックのステージに立たされるようなもんだ。
もう叫んで脱ぐしかない。

とにかく最初の1ヶ月――この期間工の卵の時期が、最大の正念場である。
期間工の卵――略してきかんたまである。

略す必要はゼロである。
むしろ大きなマイナスである。


とまあ、こうしてうだうだと時間稼ぎをして、習熟の中身など具体的なことに触れて書かないのは、それだけ当時がきつかったからである。

書きたくないわけじゃない。
ただ思い出したくないのだ。
テンションがだだ下がりする。
てか、もう下がってきてる。

もーん……。 ←テンション落ちるとよく使う。

ちょっと気分転換してこよう。


おまたせ!
か・ら・の、たせおまー!!
気分が落ちてきたから、ハッピーパウダーをキメてきたよ!

よし、サクッと終わるようにテキっとパキっと書いちゃうよ。
ちなみにハッピーパウダーはハッピーターンについてるあの白い粉の名前だよ。

それ以上の意味は断じてないよ。
もちろん鼻で吸わずに、食べただけだよ。
そういえばホンダ入社時の健康診断で、注射痕を見るチェックがあったよ。
あれには驚いたな。

ひゃっほぉぉぉぉーい!!!!!

ハッピーパウダーは海外で使っちゃダメな言葉

海外でハッピーパウダー好きって公言したら、ちょっぴり距離を置かれるよ


みんなフィットかフリードから始まった。
期間工のきほんの「き」

埼玉工場に勤める期間工が、まず作業を覚える車。
それはフィットもしくはフリードである。

一概には言えないが、大体において作業の難易度は車の価格に比例している。
レジェンドやアコード、アキュラブランドの輸出車など、高級と呼ばれるセダンはめちゃくちゃムズい。
対してフリードやフィットなどは、難易度が格段にイージーなのである。

逆にいえば、フィットとフリードがこなせなければ、お話にならないってことだ。

ホンダといえばショーン・レノン

全然ちょうどよくない難しさだよ


おれが最初に覚えるべき車はフリードだった。
THIS IS サイコーにちょうどいいHONDAである。

ビジュアル系中年男子期間工の丘さんと猫背のアラサーおれが、弱冠ハタチの指導担当・加藤さんにご教授いただく。

ちなみにこのレベルの車だと、習熟はOJT――ぶっつけ本番でおこなう。
丘さんは1週間フリードと格闘していたが、まだ全然歯が立たないらしい。

「まずは俺がやるんで、近くに寄って作業をよく見ててください」
そう言って、加藤さんがお手本を実演してくれた。

始業のブザーが鳴る。ラインが動き出す。フリードのドアがくる。
加藤さんの糸のように細い目が光る。

加藤さんはインパクトドライバーを手に取ると、太極拳のようにゆっくり動き出した。

加藤さん

まずはドアの裏側に立ち、ガラスボルトを2カ所、ガガガっと打ち込む。
続いて、ワッシャーつきの別のボルトを窓枠を押さえながら打ち込む。
その流れで、2カ所の仮どめされたナットを締めつける。
そこでインパクトを置き、よくわからないプラグを手でふたつ連結させる。
後ろポケットからおもむろにレンチを取り出して、ボルトを2カ所締めつける。
作業台から離れ、ラインの逆側に積まれた箱からガーニッシュをとる。
ドアの表側に立ち、ガーニッシュをバチコンと叩いてはめこむ。
その流れでモールをとって、爪を噛み合わせ、ガッチャンガッチャンはめこむ。
モールのはめ込み箇所に外傷がつかなかったか目視確認。
最後にドアの裏へ回り、ガーニッシュにビスを打ち込む。

以上、この一連の作業を約1分で行う。

できるか!

おれは目眩に襲われた。
いま見たばかりなのに、全然行程が覚えられない。

モールはここのパーツでガーニッシュはそこのやつ。

おそらく加藤さんは、おれが一通りの行程を頭にいれたうえでここにいることを想定しているのだろう。
だが例によっておれは工程を覚えるべき時間に、「お料理行進曲」のEDMを作っただけなので、前提知識は実質ゼロである。

吾輩、DJに目覚めたナリよ。期間工もブログもやめるナリよ。嫌なことがあるとコロ助になりやすいクセがあるのは前々から自覚があった。お料理行進曲のいかしたリリックは誰がどんな状況で何をキメて作詞したんだろう。

加藤さんが優雅な動きで2台目にとりかかる。
相当ゆっくり動いているにも関わらず、ラインのスピードをはるかに上回る余裕っぷりだ。

一週間、フリードの作業をやり続けてきたはずの丘さんが「ほう、なるほどこうやるのか」と、まるで今初めて作業を見たかのように、腕を組んでうなづいている。


数台をこなしたところでブザーが鳴り、がくんと軽い振動と共にラインが止まった。
※ラインはリアドア以外の行程にも連動していて、1分程度の静止はわりと頻繁に起こる。

加藤さんがインパクトを作業台にゴトリと置く。
「じゃあ次動いたら森三さんいきましょうか。フォローはするんで、慌てずに作業をひとつづつ確認しながらで大丈夫ですよ。
5台やったら丘さんと交代でいきましょう。あおられないように頑張ってください」
※ラインのスピードに負けて流されることを、ホンダ用語で「あおられる」という。

現実感のないまま、インパクトを持ってドアの前に立った。
えーと、まずはなにやるんだっけ??