まさみかひかりかあおいかはるかを希望します ―期間従業員のランチ風景―

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満島ひかりと愛のむきだし

丘さんとのランチの時間だけが楽しみという現状への悲しみ

『森三くん、アイス食べてもいい?』

――このセリフだけ見ると、富士急でデートをしているカップルのようだが、そのセリフを口にしているのはおっさんである。

おれと同じリアドア右(通称3ドア)担当のビジュアル系中年男子丘さんである。
場所は富士急でもなんでもなく、ホンダ狭山工場の食堂である。

「どうぞどうぞ、凍えるほど食ってください」

丘さんがデザートにアイスを食べるのはいつものことだ。
大体パルムを買ってくる。わるくないチョイスだ。

で、パルムを食べながら、”体が資本の俺には甘いものが必要なんだ”とかわけのわからないことを、聞いてもいないのに喋りだすのだ。

いつもいつも毎回だ。
“体が資本”というちょっと知的なフレーズが気に入って、ただそれを言いたいだけなんだ、きっと。

ちなみに、なぜおれにアイスを食べる許可を求めたのかは謎だ。
ただ丘さんはそういう人なのだ。

ひとことで言えば、不思議ちゃんなのだ。


亜麻色の長い髪をなびかせて、丘さんは食堂隣の売店へ向かっていった。
おれはその頼りない背中を見送った後、窓の外に目をやった。

作業場には窓ひとつ設置されていないため、長くいると閉塞感でテンションが下がってくる。
それをちょっとだけ解消してくれるのがこのランチタイムだ。

この食堂でメシを食って外の景色を見て太陽光を浴びると、憂鬱さをわずかながら忘れることができる。
ランチタイムは、おれの唯一の憩いの時間、いや救いの時間といっていいだろう。

それにしても今日は素晴らしい秋晴れだ。
窓から差し込むやわらかい陽光がとっても心地よい。

ああ、あと一歩で完璧なランチタイムなのに。
おれは窓に向かってため息をつく。

まさみかひかりかあおいかはるか

そのあと一歩とは、いま丘さんがいるポジションに誰がつくかということだ。
なんだか抽象的すぎてよくわからないだろうから、しっかりと説明しよう。

要するに一緒にランチを楽しむのが、ビジュアル系と不思議ちゃんの混血のおっさんではなく、長澤まさみ満島ひかり橋本環奈、もしくは宮崎あおいだったら、完璧なランチタイムになるのに、ということだ。

ちなみにこのあと一歩を具体的な距離になおすと、60,000キロ(地球1周半)ほどある。

しかしこう客観的に見ると、人選にポリシーを感じないというかジャンルに今いち統一性がないように思える。
強いて言えば、名前がひらがなの女性が、おれは好きなようだ。

じゃあ橋本環奈でなく二階堂ふみか。
いや、ちょっとロックすぎるな。
ここは安定の綾瀬はるかにしておくか。

きた。
トゥットゥルー!

ここ数行、おれはなにを書いているんだろう。

満島ひかりと愛のむきだし

満島ひかりとランチができるなら、一生、いや来世も期間工のままでいい。

ぬるま湯なトークしかできない大人たち

スーパーカップのバニラ味を持って丘さんが戻ってきた。

さっそく、おなじみの木のスプーンでアイスをすくい始める。
あの木のスプーンがこんなに似合う大人はなかなかいない。

『うん、やっぱり甘いもの食べないと動けないよ。俺たちって体が資本だろ。森三くんも甘いもの食べないと』
「おれはメシだけで十分ですよ。てか丘さん今日はパルムじゃないんですね」
『スーパーカップって、たまにめちゃくちゃ食べたくなるんだよ。今日がその日だった』
「それはかなりわかります。わかるけど、スーパーカップって五口目くらいから徐々に飽きてこないですか?」
『いまの一口目でもう飽きたよ』
「はっや」

こんなぬるま湯をさらに湯もみしてほぼ水にしたような会話を、おれと丘さんは連日繰り返していた。

最近おれと丘さんは、勤務前の体操から作業・ランチ・そして帰りの電車までずっと一緒だ。
なぜか丘さんがおれについてくるのだ。

「ヒカルの碁」藤原佐為のごとく、常に背後に丘さんがいるのだ。
もちろんこのおっさんは囲碁が打てないし、おれがピンチの時でもなんのアドバイスもくれない。
むしろニヤニヤしている。

ヒカルの碁

全く助けてくれない佐為はなかなかにうざいぜ

とにかく、いつからかどこからか、なぜか丘さんにめっちゃなつかれていた。
というか、憑かれていた。

うざいはうざい。
なにせ相手は、マヨネーズとソースとカレーと卵黄をシェイクして煮詰めたくらい、キャラが濃厚な丘さんだ。

しかし、ここら辺が人間のフィーリングの神秘なのだが、毎日一緒にいてうざったいかと聞かれたら即答でイエスだが、不快かと聞かれたら不思議なことに答えはノーだ。

なんだかんだ一緒にいてとても楽な相手ではあった。
まあそれには、この二人で過ごす期間が期限つきであるというのも大きくあった。

亜麻色の髪のスケープゴート

『森三くん、あと二週間したらお互い独り立ちだよ。俺たちバラバラだよ』

そうなのだ。
前にも書いたが、今は一気に雇用した大人数のビギナー期間工を戦力にすべく、工場全体で行っている大規模な習熟期間中なのだ。
そのためシフトが分かれることなく、全員が同時間帯での勤務となっている。

だが二週間後からは、一勤(早番)と二勤(遅番)が一週間スパンで切り替わるシフト制になるのだ。
Aチームの丘さんとBチームのおれは、今後はずーっとバラバラである。
勤務交代時の10分くらいだけ会うことができるという、織姫と彦星のような七夕チックな関係となるのだ。

『森三くん、俺は心細いよ』
そう丘さんがつぶやいたが、おれもまったく同じ気持ちだった。

チームでもエース級のポンコツである丘さんがスケープゴート、つまりは風よけになってくれることによって、今のおれの立場はぎりぎり保たれている。
その風よけがなくなってしまうことが、心細くてしょうがない。
ああ、二週間後、おれは直風にさらされることになるのか。
胃が痛い。
もーん……

――と、そこまで考えておれは我に返った。
とたんに丘さんへの申し訳なさがこみ上げてきた。

ライト兄弟、ギャラガー兄弟、ポンコツ兄弟。
オアシス「The Masterplan」より一曲、
“Acquiesce”

いびつな形であれ、この短い期間にかなりの質量の苦楽を共にしたからこそ築けた友情だ。
そう、丘さんは大切な戦友なのだ。

風よけなんて、こすい考えをして申し訳なかったです。

と言葉に出すわけにもいかないので、おれは最大限の申し訳なさをこめた目で丘さんに「寂しいっすね」と言った。

『寂しいね。それにはっきり言えば、ミスを連発してくれる森三くんがいなくなったら、俺ひとりが怒られるんだよな
「…………」

なるほど、丘さんといても不快に感じない理由がわかった。

おれたちは似た者同士だったんだ。
ポンコツ兄弟だったんだ。
甘くて冷たいアイスのような関係だ。

それでは一曲、OASISで“Acquiesce”です。
沁みるほどに、おれと丘さんの関係を現した歌詞だ。


Acquiesce

Because we need each other
俺たちにはお互いが必要だ
We believe in one another
俺たちはお互いを信じあう
And I know we’re going to uncover
そして、俺たちは打ち明けあう
What’s sleepin’ in our soul
眠らせている思いを

ギャラガー兄弟が大好きなんですよ、おれ。
しっかし、このMVは秀逸です。

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