OLちゃんのいないロッカールームに、なんの価値があるというのだろう

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鬱ポイントその1
―エンタメ要素ゼロ。ネズミーランドへようこそ―

期間工として過ごした2年間。
その最初から最後まで慣れることがなかったのが、出勤前のロッカールームの雰囲気だ。

雨の日も風の日も、もれなくおれを憂鬱な気分にしてくれた。

まずそのダークな色彩が鬱ポイントその1だ。
天井から壁にいたるまで、全体がなんだかくすんだグレーなのである。

いやグレーなんて格好いい雰囲気じゃない。
ニュアンス的にいえば、ネズミ色だ。

おそろしく無機質な雰囲気で、ここには楽しいことなんて何一つないんだということが、一歩足を踏み入れた瞬間にわかる。

チャラチャラ浮ついた者はここから去れといわんばかりの、ハードボイルドな世界だ。


で、その広大なネズミ色の敷地に、これまたネズミ色のスチールロッカーがびっしり立っている。
ドラマでOLちゃんがキャッキャしながら着替えてる例のあのロッカーだ。

もちろんここにはOLちゃんなんていない。
いい匂いも一切しない。
寝癖のついた男が、あくび混じりにジーンズをずり下ろすシーンしか見られない。

※ちなみに、女子のロッカールームは別にある。何度も調査を試みたが、結局場所さえわからなかった。

女子ロッカー

一体どこにあったんだ

※ちなみに、いまキャッキャと入力して変換しようとしたら、↓こんなんが出てきた。
(/▽\)♪(/▽\)♪

自分で書いたOLという文字の影響か、この顔文字が無性にかわいく見えてしまった。
不覚にもドキッとしてしまった。
もうちょっと出現させてみるか。

(/▽\)♪(/▽\)♪
(/▽\)♪(/▽\)♪
(/▽\)♪(/▽\)♪
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4連続で出現させたところで、脳内でゲシュタルト崩壊が起きた。

よし戻ろう。

【ゲシュタルト崩壊】
知覚現象のひとつ。
漢字ドリルで同じ漢字を書きまくっているうちに(※例えば豚豚豚豚…)「あれ”豚”ってこんな形だっけ。あれれれ」みたいに脳が混乱した遠い日のあの現象

おれのロッカーは奥のほうから数えて7列目くらいの、人に説明しづらい中途半端な位置だった。

工場では新しい人と知り合うたびに「ロッカーどこ?」って会話が頻繁にでるのだが、上手く説明できた試しがなかった。

ただ「ロッカーどこ?」は聞いている方も、なんで聞いてるのかわからないほぼ意味のない形式的な質問なので、説明できなくて困ったことはなかった。
どこか「ナイストゥーミーチュー」に近いものがある。

鬱ポイントその2
―毎日がキス我慢選手権―

2つめの鬱ポイントは、一人に対して与えられたスペースの狭さだ。

広大な敷地にも関わらず、それを埋めつくす膨大な従業員がいるため、ひとりひとりのスペースは最低限しかとられていない。

ロッカーの横幅=自由に使える幅である。
縦も似たり寄ったりだ。

気をつけの姿勢ならジャストサイズだが、いかんせんこの狭いスペースでツナギに着替えるという荒業に出るのだ。

真後ろのロッカーの男とかちあった日には最悪だ。
後ろのおっさんがズボンを脱ごうとするたびに、突き出されたケツがおれに当たり、おっさんがツナギを穿こうとするたびにケツがおれに当たる。

ただでさえ低血圧で眠くてネズミ色で憂鬱な朝に、おっさんにケツを押し当てられる不快感は、アメリカなら裁判沙汰になるレベルだ。


で、それに加えておれの右横にはポッチャリ系男子のロッカーがある。
こいつはこいつで、なぜかロッカーではなく、横にいるおれの方向を向きながら着替える厄介な癖を持っていた。

必然的にポッチャリが着替えようとする度に、顔面がキス我慢選手権くらいの近さで迫ってくるのだ。
アメリカだったらデモ行進が起きるレベルだ。

『自分の好みの異性にされて嬉しい行為は、好みでない人からされると殴りたいほどムカつく』

そんな法則をホンマでっか!?TVかなんかで見たことがある。

逆にいえば、殴りたいほどムカつく行為も、それをやる人間が変われば、むっちゃ嬉しい行為になる可能性が高いってことだ。

おれは想像してみた。もしもこのポッチャリがガッキーだとしたら……

――ありだ。
完膚なきまでにありだ!

ありっていうか、下手したら生きがいになりかねないくらい嬉しい。
てか、こりゃもう給与ゼロでも出勤するよ!

おれはポッチャリの顔が近づいてくるたびに、目をつぶり「こいつはガッキーこいつはガッキー、鼻息の荒いガッキー」耳なし芳一のように念ずる癖がついた。

耳なし芳一

まさか耳なし芳一が海外デビューしていたとは。
H・O・I・C・H・I
ホーイチ!ホーイチ!
ミミナシ!ミミナシ!


そんなこんなで着替え終わってロッカールームから出る頃には、すでにぐったり疲れている。
それでもタイムカードを通したら、戦場に赴かなくてはならない。
8時間ボルトを締め続けなきゃならない。

トイレに入って鏡を見る。
寝癖を押し込めた帽子。
いつの間にか黒ずんだツナギ。

そのどちらも「HONDA」のロゴが刺繍され誇らしげに輝いている。
おれはおもむろにメガネをかける。

よし、今日も不審だ。

ツナギや帽子がメンタルに及ぼす影響は良くも悪くも絶大だ。
全身くまなくホンダ色に染まることで、仕事への臨戦態勢が整う。
――というより、なんていうか諦めがつく。

しゃーない、今日もやるか。

そして、おれは階段を上るのさ。

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