段取りとムリやんレトリィバァとじゃがりこ ―そして父になる。亀田の―

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ラインの外にも仕事はある。作業の準備は自分でやるのだ。
通称『段取り』

期間工がひとり立ちするために覚えなきゃならない最低限の作業内容。
実は、ボルト締めなどの通常ライン業務以外にもうひとつある。

その日に使う分のパーツを自ら用意する、通称・段取りと呼ばれる作業だ。
誰もが嫌がる作業だ。

ボルトとかナットなどの小物の準備だけならまだいい。
面倒くさいだけで、そんなに大した負担にはならない。
問題は外装部品の大物たちだ。

おれが扱う外装部品はガーニッシュとモール。

モールはここのパーツでガーニッシュはそこのやつ。

これらはそれぞれ舌切りすずめのいじわる婆さんが持って帰る葛籠(つづら)くらいの大きさのプラスチックの箱に30セットくらいづつ入っている。

わっかりづれえ例え。葛籠って。

舌切りすずめってこんなお話】

すずめがやらかす。
婆さんが怒ってすずめの舌を切る。

あれこれあって優しい爺さんはすずめから小さな葛籠をもらう。
中にはお金がいっぱい入ってる。

そんなこんなで今度は婆さんが大きな葛籠をもらう。
中からお化け登場。
「ぷぎゃぁぁああああ!!!」

~おしまい~

ちなみに積み上げた箱の高さは、なんと2メートルを超える。
それを作業開始前に、うんしょうんしょと準備するのだ。

レクチャー担当の加藤さんに「明日から段取りも森三さんお願いしますね」と言われたときには度肝をぬかれた。
その時まで、段取りという作業があることさえ知らなかった。

おれはずっと、どこかの優しいおじさんが、おれのいない間にこっそり箱を重ねて準備してくれているもんだと思っていた。
そして今後もそれが続くと思っていた。

全部、間違っていた。
おじさんなんていなかった。

おれが喫煙所で「この吐いた煙が分身となっておれの代わりに仕事してくんねえかな」と思いながら、作業代行エクトプラズムを生み出すことに挑戦している間に、加藤さんがせっせと段取りをしてくれていたのだ。

関西弁にもなるやん。こんなんムリやんレトリィバァやん。

正直、通常業務でさえ「ったりーなー」と毒づきながら渋々こなしているのに、段取りまであるなんて、話が違うじゃないかと訴えたいくらいだ。

段取り業務は、始業前と2時間おきにくる休憩の度に発生する。
そして休憩時間は10分きっかり。

その10分の間に、納品所からモールとガーニッシュの箱を引きずってきて、そいつらを2メートルの高さまで積み上げて、トイレをすませて、さらには喫煙所までいってアメスピを吸わなければならないのだ。

――絶対ムリやん。

ムリやんレトリィバァやん。

思わず関西弁が飛び出すほどムチャなプランだ。プランやん。

ちなみに余談だが、関西には足を踏み入れたことさえない。
ちなみに、ムリやんレトリィバァのくだりは、聞き流してもらえるとすごくありがたい。

そして亀田父になる

いや、そんなことより、そもそもちょっと待てよ。
これ普通に仕事やん。
休憩時間なのに思いっきり実務が発生しているやん、これあかんやろ自分!!!

やくみつると討論している亀田父さながらに、おれは加藤さんにまくしたてた。

やくみつると亀田の親父の大ゲンカ

いまだにYouTubeで観てしまうこの死闘

加藤さんはきりんに似た澄んだ目をして、
「こればっかりはすいません、どうしても発生しちゃう作業なんで、なんとかこらえていただけたらありがたいです。僕自身の思いでいえば、森三さんには休んでほしいですけどね。まあ慣れてきたらタバコ吸うくらいの余裕はありますって。みんなも同じことしてるわけだし」
と、優しくおれの肩をたたいた。

さらに「ね、このじゃがりこあげるんで頑張りましょうよ」と駄々っ子をなだめるかのごとくサラダ味のカップを手渡してきた。

じゃがりこサラダ。食べだしたらきり(キリン)がない

「食べだしたらきり(キリン)がない」

こんなんでワシだまされへんぞ!ごまかされへんぞ! ワイロやワイロや!!

じゃがりこを葉巻のようにくわえ、濃い目の関西弁でわめき続けながらも、その実おれは、加藤さんの大人な対応に感心していた。
ちなみに加藤さんは、おれよりも10歳近くも若い

丘の兄貴がそう言うんなら……

「森三くん、そろそろやめておけ。どうしようもないことってあるんだよ。もうこの辺で手打ちにしよう」

いつの間にか隣に立っていた丘さんが、首を静かに振りながらおれの肩に手をおいた。
もちろんその口元には、じゃがりこがくわえられている。
妙に渋い良い顔をしていた。

「丘の兄貴がそう言うんなら……自分、今をもって亀田をやめますけん……」
おれは振り上げた拳を戻し、静かにじゃがりこを噛み締めた。
理由は不明だが、おれは広島弁になっていた。

「丘さん、ありがとうございます。森三さんもわかってくれて良かった」
ホッとした顔で加藤さんも、じゃがりこをくわえる。

「まあこの場所は不条理のオンパレードですよ」と加藤さん。
「たしかに」とおれ。
「間違いない」と丘さん。

そして男たちはラインが動くまで、渋めの顔をキメてじゃがりこを食べ続けた。

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