期間工時代の貴重な写真 ―細田氏という男―

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暑さにまかせ、僕はクリスマスソングを聴きだした。

いや、マジでなんなのこの気温。

夏っていう概念をはるかに超えてますって。
風情とか感じてる余裕なんて、波平の毛ほどもない暑さじゃないですか。

上の波平のくだり、書いた直後に”あ、すべったな”って自ら気づいたけど、消しに戻りたくないっすもん。暑すぎて。

当然、今の僕は夏バテです。
もう夏バテが常態化しつつあります。

体が寒気を求めているのでしょうか。
今日は1日中、クリスマスソングを流しています。

山下達郎の『クリスマス・イブ』
マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』
ジョン・レノンの『ハッピークリスマス(戦争は終わった)』
名曲が並んでテンションが上がります。

その流れでジャクソン5の『ママがサンタにキスをした』っていう歌が、なにげに意味深でアダルトな歌詞なのを初めて知って、衝撃を受けたりしています。

ホンダのカメラに対する警戒度は尋常じゃない。

で、そんなこんなでクリスマスソングを聴いていると、それきっかけで色んな過去の思い出が頭を回りだしたのね。

で、昔の写真眺めてニヤけたり、涙をにじませたり、転げまわったりしていたのね。
で、そこでふと思ったんだけど、おれ期間工のときの写真が全然残ってないのよ。

この頃たしか期間工だったよな、っていうその時期のプライベート写真はいくつかあるんだけど、肝心のホンダの工場内とか同僚との写真が全然ないのね。

それはなんでかっていうと、当時おれに職場の友人がいなかったから、っていうのも80パーぐらいあるんだけど、それだけではなくて、そもそも工場の中はカメラ厳禁だからなのだ。

これはすごく徹底されていて、スマホもガラケーももちろん持ち込みNGだ。


なんか販売前の新車の写真とかが、車雑誌とかにめっちゃ高く売れるらしいんだ。
だから徹底的にカメラの要素を排除しないと、流出写真がばかすか出回ってしまうらしいのだ。

期間工の連中なんて、基本的に愛社精神はゼロなわけだから、もしスマホ持ち込みOKにしたら、それくらいのタブーは平気で犯す。
出来心の積み重ねで、ここまで生きてきたような男たちだ。

まあそういうわけで、例えば事務所でささやかな送別会とかが開かれたとしても、そこで集合写真を撮ったりすることがない。
あれだけ濃ゆい期間工の日々が、記録として残っていないのはちょいと寂しいけど、まあしょうがない。


ただ工場内では写真は厳禁だが、外の世界ではもちろん激写OKだ。
だから例えば飲み会のときの集合写真とか1枚くらい出てきてもいいはずなのだ。
ただなぜかそれが出てこない。

で、思い出した。
なんでないかっていうと、当時おれに職場の友人がいなかったから、っていうのも80パーぐらいあるんだけど、そもそも飲み会で集合写真を誰も撮っていなかったからなのだ。

それはなぜか。
おれのチームに女子がいないからだ。

なんていうか、ビジュアル的に撮影意欲が全然わいてこないんだ。

飲み会にいくじゃないっすか。
おれは大体遅刻するじゃないっすか。
で、店ついて幹事の名前を言って、座敷に案内してもらうじゃないですか。
で、座敷の扉を開けたときの絶望感ね。

三代目 鳥メロの座敷にずらりと並ぶ屈強な男たち
お父さんのつくった弁当みたいに、なんか茶色いんすよ。もうね、ワクワク感とかかけらも出ないんすよ。

こんなの誰が写真で残したくなるというのでしょうか。
あと全然関係ないけど、初代 鳥メロ二代目 鳥メロはどこにいるんでしょうか。

そんなことを突っ立ったまま考えてると、ドスのきいたハスキーボイスがおれの名を呼びはじめるわけです。
バスしかいないアカペラグループみたいに、ひっくーい声でハモりやがるんです。

「おう森田、おせえよ」
「おう森田、飲めよ」
「おう森田、軟骨」
「おう森田、おうおう森田」

――なんか当時を回想してみたら、写真なんて別になくてもいいなと考えが変わりました。

ただ探し物とは、探すのをやめた瞬間になぜか見つかるものなのだ。

ホンダ絡みの写真が2枚だけ出てきた。

なんだこれ。

なんだこれ。


細田氏という男

説明すると、この写真の人物はおれの元・同僚細田氏である。
心霊ではない。

皆さんの興味の湧きようがないことはもちろん承知のうえで、これより細田氏の説明を始めます。

まず見ての通り、すばしっこい。
動きが早すぎて、カメラでとらえきれない。
残像の見事さが飛影なみだ。

仕事面で言うと、真面目な性格で着実にミスなく任務をこなし、リーダーからの信頼も厚い頼れる男である。
また写真からにじみ出ているのがお分かりかと思うが、真っすぐな性格をしている。

過去にカラーコーディネーターというオシャレな資格をとっていながら、軽い色盲というわけのわからないスペックをしている。

すごいのはこの男、期間工としてホンダに勤めながら、なんと慶應義塾大学の通信教育課程に入学を果たしたのだ。
そのあたり、おれは素直に尊敬していたのだが、学歴コンプレックスの渦巻く工場内では、なかなかの冷たい視線を浴びたりもしていた。

細田氏はおれより3歳下だが、出会った初日から「もりぞーもりぞー」とフレンドリーに接してきた。

草食系のオーラがお互い共鳴したのか、おれもすぐに打ち解けることができた。

アップルを創ったのはポール・マッカートニー説

基本的に、おれと細田氏はつかず離れずの良好な関係を続けていたが、一度だけケンカになったことがある。

細田氏が「iPhoneやMacで知られるアップルを創ったのはポール・マッカートニー説」を主張してきたからだ。

「違うよ、ポールが創ったのはアップルレコードで、あのアップルとは別物だよ。あれ創ったのはスティーブ・ジョブズっておっさんだよ」
そうおれが丁寧に説明しても、細田氏は折れる気を見せない。
無知は困るよみたいな顔でため息をついてる始末だ。

「アップルの歴史をテレビで見た。NHKのドキュメンタリーだったと思う。たしかにポール・マッカートニー創業者と言っていた。写真も出てきていた。NHKが言ってたんだぞ?」
とか強情に言い張るのだ。

あげくの果てに、
「ポールがMacに手を置いて満足げに微笑んでいた」
「ポールがMacの横で同僚と泣いて抱き合っていた」
と、でたらめにもほどがあることを、真顔でぶちかましてきたのだ。

スマホ持ち込み禁止だから、ウィキペディアを見せつけることもできない。
「じゃあ細田氏、今日帰ったら調べてみろよ。外れてたら今後は慶應ボーイの名を二度と語るなよ」
そう鼻息荒く言って、おれと細田氏はバラバラに社員寮に帰った。

「ポールがMacに手を置いて満足げに微笑んでいた」とかあいつ言ってるんすけど!!!

翌日、細田氏はきまりの悪そうな顔で「もりぞーが正しかったわ」と誤りを認めた。
ただ、その後しきりに首をひねりながら「NHKが間違って放送したのかなぁ……」と言い出した時は、危うく手がでるとこだった。


写真からもお分かりかと思うが、細田氏は顔がASIMOに似ている。
で、これは写真だとよくわからないが、体全体のシルエットがなんだか不思議なんだ。
丸い小顔にもかかわらず、背がそこそこ高くて、妙な違和感を覚えるのだ。

このシルエット、どこかで見たことあるなとずーっと思っていたのだが、今さら謎がとけた。

サザエさんだ。
サザエさんにそっくりなんだ。
だからなんだってんだ。

細田氏おかわり

細田氏、おかわり2

これが写真として残っている、おれの期間工時代のすべてだ。

細田氏、そっちはどうだい?うまくやってるかい?
おれはまずまず元気だよ。
今んとこはまあそんな感じなんだ。

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