バックパッカーにとってメリットしかない期間工 ―クレイジージャーニー・マルコメ―

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼

マルコメ君

期間工の待遇を最大限に活用できるのはバックパッカー説

期間工は、その名の通り、期間限定でがっつり稼げる職業だ。
その期間中には、賃金以外にメシと家具一揃えと社員寮という名のマンションが貸し出される。
ちなみに期間工の給与は、正社員が10年勤続したときのモデル給与より高い。

一見メリットばかりのようだが、もちろんそんなうまい話はない。
最大のデメリットは雇用期間が有限ということだ。そして悲しいことに、ここで積んだ数年は、工場の外の一般社会に出たときになんら評価されない。

ボルトを素早く正確に締められることが、外界ではこんなに評価されないのか、とおれは驚いた。
社会的レベルはそのままで、年齢だけくって現世に戻ってくる浦島太郎的な絶望感があった。

まあそれはいい。
その期間の有限というデメリットを、デメリットとしないジャンルの人間たちがいる。
それが、バックパッカーだ。

ホンダ社きってのバックパッカー・マルコメという男

金が貯まったら長期的に海外に飛ぶバックパッカーにとって、雇用期間が無限にあったところでなんの意味もない。

期間工で集中的に金を稼いで行きたい国に行き、金を使い切って海外から帰ってきて、また期間工で金を貯めてまた海外へ旅立つ。

このサイクルが可能であるゆえに、自動車工場にはバックパッカーが集まる。

おれのチームにも、コッテコテのバックパッカーがひとりいた。
名前はすっかり忘れたが、「おみそならハナマルキ」のあの小坊主・マルコメ君にそっくりだった。

彼の心はいつだって、まだ見ぬ国へ馳せられていた。
彼は常に味噌を抱えて舐めていた。いやこれは嘘だ。

マルコメ君

おみそならハナマルキ

いつしかおれとマルコメは、喫煙所で語り合う仲になっていた。
タフな精神力と人の良さとをあわせ持った頼もしい笑顔を見ているうちに、おれはたちまちマルコメのとりこになった。

マルコメは世界各地で体験した色々なことをおれに語ってくれた。

どこの工場でもそうだろうが、喫煙所の話題なんて大体3パターンくらいしかない。

メシ・ギャンブル・女
飲む打つ買うの、いさぎよく本能に忠実なトライアングルだ。

特にギャンブル――主にパチスロの話は本当に頻度が高くて、パチスロの基本ルールもよく知らないおれは、非国民くらいの疎外感を覚えていた。

ギャンブルで地獄を見てここに来たのに、諸悪の根源であるギャンブルに救いの光を求める、矛盾しまくりのカルマが、ロッカールームから事務所にいたるまで、そこら中で渦巻いていた。
もうホント、朝の5時台に着替えながらパチスロの話ですもん。逆にすげえよ。


とにかくそんな中にあってのマルコメの旅話に、おれは久しく離れていたカルチャーを感じた。

「半年・・・いや3ヶ月経ったらまた旅立とうと思っている。まだ国は決めてない」

どこか遠い目で味噌を舐めながらマルコメはそう言って笑った。いや味噌は舐めていなかった。
ただそんな彼が妙に輝いて見えた。
自由という名の輝きだ。

おれは自分が鳥かごの中の鳥になったような気分になった。
だがよく考えてみると、マルコメとおれ、ふたりとも状況に大差はない。
不自由な鳥かごなんて、実はおれがつくりだした幻影なのかもしれない。
鳥かごなんて実はどこにもないのかもしれない。

マルコメの海外トークはなかなかにクレイジーで、ただそのクレイジーさ故に彼の人間的なスケールのでかさも感じるものであった。

健康的に引きこもりライフを送るおれにとっては、全てが夢物語のような冒険譚だ。

では、マルコメの体験談ベスト3でも書こう。

マルコメの旅話・ベスト3!

と思ったら、どうしても話がふたつしか思い出せなかった。
ベスト2でも書こう。

2位 ―モンゴルで野犬に襲われる―

モンゴルかどっかの延々と広がる牧草地にやってきたマルコメ。

ちなみにマルコメの移動手段は自転車らしい。
しかもプロ仕様の何十万もする自転車ではなく、ママチャリをいじくってちょっとグレードアップさせたようなマシンが長年の相棒だそうだ。
購入店はASAHIサイクルらしい。

彼いわく、日本のママチャリのポテンシャルは、日本の狭いストリートで発揮できるようなものではないとのこと。
さすが世界に二桁いった男の言葉は、説得力が違う。
おれは突然ママチャリがかっこよく思えてきて、仕事の帰りに買いに走った。

で、モンゴルなのだが、その広大な土地をマルコメはひたすら地平線に向かって走ったらしい。
夜になったら簡易的なテントを張り、大草原の中でひとりで眠るという、ちょっとおれには想像がつかない恐ろしくも神秘的な世界だ。

そして事件はそんな月夜の晩に起きた。

野犬

くんな、くんな、くんなくんなって!!!

いつものようにマルコメが寝てると、突然テントが揺さぶられたらしい。
びっくりして飛び起きるマルコメ。
その鼻に、The・獣 といった感じの凄まじい臭気を感じた。
そして間近で響く凶悪なうなり声。

と思った瞬間、顔の横のテントの布地が、でーん!と犬の顔の形になって、突き出してきたのだ。
野犬がテントに突入しようとしている。

ストッキング

テントに犬が突っ込んでくるって、こんな感じかな。 きっと違うな。

思わずマルコメは「やめて!」と乙女のような声で叫んだらしい。
犬に言葉は通じない。そもそもモンゴルの犬だから万が一にでも日本語は通じない。
と、そんな考えが猛スピードで頭を駆け抜けていく間に、うなり声が複数になっている。

野犬の仲間がきたのだ。

マルコメからそこまで聞いたとき、おれは静かに決意を固めていた。
「ぜったい海外なんていかねえぞ」

そんな絶体絶命のシチュエーションで、マルコメがとった行動は、X JAPANのYOSHIKIのごとく、16ビートでフライパンと鍋をたたいて、金属音をあげることだった。
野犬の興奮を煽ってしまい、さらに状況が悪化する可能性もある、一か八かの作戦だった。

結果的にこれが功を奏して、野犬たちに「あのテントの中のハゲ、なんかやべえ」みたいな空気が広がり、徐々に遠ざかり去っていったそうだ。

当時の気持ちをマルコメに聞くと、
「これは死んだと思った。本当に死ぬという覚悟を固めた。結構あっさり固まったのが自分でも驚きだった。あれ以来、怖いと思うことが少なくなったから良い経験だった。また行きたい」
と味噌を舐めながら笑っていた。いや味噌は舐めていなかった。

やーでも、また行きたいってさらっと出るのがすごいよ。
Oh クレイジー

1位 ―ドイツのアウトバーンをママチャリで疾走―

今度はドイツに現れたマルコメ。

ママチャリで気持ちよく走っていたら、気づくとアウトバーンに入りこんでいたそうだ。

よく知らないけど、アウトバーンってそんな緩いの?

アウトバーン【Autobahn】とは
ドイツの超高速国道。ヒトラーが産業・軍事上の為に企画した。
自動車専用の道路であり、その最大の特徴は速度無制限区間があることで、日本では不可能な超高速のドライブが許される。

で、さすがのマルコメもあせったらしい。

なにしろ、隣では時速160キロでも遅いとされるスピード感、GT-Rクラスの車が弾丸のように行き交っているのだ。
時速160キロって大谷君のストレートと同じだからね!

対するこちらはママチャリだ。
空気が読めてないにもほどがある。

このアウトバーンに迷い込んだおかしなジャップの存在は、ドイツ警察もたちまち感知した。

アウトバーン

おかしな坊主のアジアンが自転車をこいでおります!

スタイリッシュなブルーを基調としたドイツ警察のパトカーが、マルコメのママチャリを猛スピードで追跡開始して、あっという間に彼を射程圏内に捉えた。

事態がまるでわからず、とりあえずの恐怖心に煽られて依然としてアウトバーンを走り続けるマルコメ。
後ろから迫るサイレンの音と、何を言っているかわからないスピーカーのダミ声。

マルコメはおそらくその夜のドイツ最大の不審者として、ママチャリで勝ち目のないカーチェイスを繰り広げた。

その時の気持ちをマルコメに聞いてみると、
「完全に撃たれると思った。それくらい現場には緊張感があった。パトカーに捕まって事情聴取されている間、警察官から何度も”クレイジー”と真顔でつぶやかれた。また行きたい」
そう言って笑っていた。


マルコメと働いている間、彼が周りの人間を悪く言うことはなかった。
仕事への愚痴を言っているところも聞いたことがない。

彼の目はいつでも海の外の世界に向けられていて、それ以外のことはとるに足らない些事だったのだろう。

工場の中で起こる、あいつがムカつくだ、誰側につくだの小さな派閥争い。
喫煙所でそんな話題が繰り広げられるときも、彼だけは穏やかな鹿のような目で、静かにタバコを吸っていた。

おれはそんなマルコメが好きだった。
そうマルコメにとって、自動車工場、いや日本っていう島国は狭すぎたんだな。

マルコメはまだ旅をし続けているのだろう。
ママチャリで風を切っているのだろう。

マルコメ、きみは今どこを走っているんだ?
グッドラック。

▼シェアシタ貴方ヘ福ガ訪レマスヨウニ▼